鎌倉市はクラファン、沈黙する作品受益企業―『スラムダンク』聖地のオーバーツーリズム

2025年10月中旬、鎌倉市が実施したクラウドファンディングが、開始から6日たっても寄付はわずか1人・1万円にとどまっていると報じられ、SNSで話題が広がった。
目的は「鎌倉高校前駅周辺のオーバーツーリズム対策」として。アニメ「スラムダンク」に登場する聖地とされる江ノ島電鉄・鎌倉高校前踏切には、作品が大ヒットした中国を中心に、連日多くの外国人観光客が訪れている。
| クラウドファンディングは産経新聞の報道後に寄付額が増え、10月15日現在45万8,000円前後(達成率13%)となっている。 |
本稿では、アニメ作品をきっかけに生じた鎌倉のオーバーツーリズム問題について、対策費の負担を企業の社会的責任(CSR)という観点から問う。
鎌倉市は9月に実証実験を行い、現場の警備員を従来の2名から5名に増員。その結果、歩道の確保や危険な撮影行為の抑止など、一定の効果が確認されたという。今回のクラウドファンディングは、この対策を継続するための経費の一部を、寄付でまかなおうとするものだ。
寄付はふるさと納税専門サイト「ふるさとGCF」を通じて、10月13日~2026年1月7日まで実施。目標額は350万円に設定されている。
■市民の反応とクラウドファンディングの目的
報道後、SNSでは「なぜ外国人観光客の対策に寄付する必要があるのか」といった投稿が広がった。この反応について鎌倉市観光課に尋ねると、「オーバーツーリズム対策費の一部をまかなうとともに、今後、6,000万人(政府目標)の外国人観光客の来日が見込まれる中、実証実験で得られた結果は全国のモデルケースになると考えている」「そこが伝わっていない」と説明する。
通常、地方自治体の実証実験とは、地域固有の新たな課題を解決するために行われるものだ。一方、鎌倉高校前のような特定スポットでの取り組みが、全国で増える局所型オーバーツーリズムの対策として一つの手本になる可能性には意義がある。
鎌倉高校前踏切が「スラムダンクの聖地」として注目されたことで、現場から離れた鎌倉本来の観光エリアにある寺社仏閣や飲食店など、地元経済に一定の効果はあっただろう。
しかし、鎌倉はそもそも国内有数の観光地であり、人気アニメ作品の集客効果を必要とする街ではなく、市も「スラムダンク聖地」鎌倉高校駅前踏切を、観光スポットとしてアピールしてこなかった。
■中国公開・映画「スラムダンク」興行収入132億円
1990年に「週刊少年ジャンプ」(集英社)で始まった「スラムダンク」は、1993年~1996年にテレビアニメ化され、そのオープニングに鎌倉高校前の踏切が登場する。なお、1995年には中国でもアニメ放送が始まり、人気を集めた。
2010年代半ばから同所は「スラムダンクの聖地」として注目を集め、当初は日本人中心だったが、SNS等で広まるにつれて外国人観光客が目立つようになった。鎌倉市は「2015年から誘導員を配置している」という。
今、特に中国人観光客が多い背景には、2023年に中国で公開された映画「THE FIRST SLAM DUNK」の大ヒットがある。中国における最終的な興行収入は約132億円に達し、その人気が「聖地巡礼」を後押ししている。
■住宅街に「聖地巡礼」の波 顔の見えない作品受益企業
列車がホームに到着するたびに、幅わずか数メートルのホームに観光客があふれる。駅から100メートルほど離れた「スラムダンクの聖地」とされる鎌倉高校前踏切には、早朝から多くの外国人観光客が集まり、撮影の列をなす光景が日常となっている。
現地では、住宅街の混雑に加え、道路への飛び出し撮影、ごみのポイ捨て、駐車違反など、地域住民の生活を脅かす行為が後を絶たない。
小さな無人駅周辺は、コンビニや飲食店もない純粋な住宅街で、公衆トイレは駅構内に限られる。そこで私有地で用を足そうとする。近隣の病院や高齢者施設に「トイレを貸してほしい」と訪ねる、無断で敷地に立ち入るといった事例が報告されている。
日本の企業が世界に広めたアニメ作品の聖地を訪れる旅行客によって生じたオーバーツーリズム。地方自治体がその対応費用の一部を全国の市民に頼るクラウドファンディング。
鎌倉市が説明するように、各地のモデルケースとして応用できるなら意義はある。しかし、この構図には、誰かが責任から逃れているような違和感が残る。
それは、ビジネスとしてアニメを世界に広め、巨額の利益を得てきた企業の姿が、現地のオーバーツーリズム対策の中ではまったく見えてこない点にある。
■チームスラムダンク「聖地と認めず」
『スラムダンク』の主要な権利関係企業は、漫画の出版権を持つ「集英社」と、アニメーション制作・版権管理を担う「東映アニメーション」の2社が中心となる。
さらに、作品の展開(漫画・アニメ・映画・ゲームなど)に応じて連携企業は変わり、テレ朝・電通・バンダイなど超大手企業が名を連ねている。原作者・井上雄彦氏の著作権管理は、同氏が代表を務める「アイティープランニング」が行っている。
鎌倉市に、スラムダンク関連企業からオーバーツーリズム対策への支援や協力があったかを尋ねると、観光課は次のように説明した。
「いずれの企業も鎌倉高校前踏切を作品の聖地であると明言したことはなく、市と企業との間に一切の関係はない」「地元では作品の受益者からの支援を受けるべきという声も多い」。
『スラムダンク』の漫画や映画は、集英社と東映アニメーションなどによって世界各国に送り出され、関連収益は累計で数千億円規模に達すると推定される。
一方、海外のファンが作品の舞台だと信じて訪れる鎌倉高校前駅周辺では、外国人観光客の受け入れ体制の整備や環境対策の費用が市の負担となっている。
市がクラウドファンディングで募る金額は350万円だが、それすら集まりにくいのが現状だ。
世界に輸出された日本のアニメが築いた聖地がいま抱えているのは、地域を豊かにする経済効果や国際交流ではなく、住民生活や国民感情との摩擦だ。
それにもかかわらず、関連企業が現地で起きている状況に目を向けず、沈黙を保つ構図は、『チーム・スラムダンク』のもうひとつの姿となる。
■作品が生んだ副作用 企業の社会的責任
集英社も東映アニメーションも、鎌倉高校前踏切を「スラムダンク」の舞台として公認していない。それでも、外国人観光客はそこを聖地と信じて訪れ、大手メディアもまた「スラムダンクの聖地」と公然と報じている。
そろそろ、集英社や東映アニメーションは、この問題を見ぬふりをするのではなく、作品自体を広めた当事者としての意識を持つべきではないだろうか。それは、鎌倉高校前踏切がスラムダンクの舞台であると認めるか、否かという問題ではない。
むしろ、公認していないのであれば、現地で混乱が生じている状況に対し、「作品の舞台ではない」というメッセージを発信すればよい。ファンから反発があるかもしれないが、説明責任を果たせる。
特に大手企業の活動には、成果だけでなくプロセスで生じた社会的影響への責任が伴う。作品が引き起こした、負の側面の後始末にも取り組むことが求められ、それこそが企業の社会的責任(CSR)であり、社会の要請と期待に応える姿だ。
集英社は非上場ながら出版業界のリーダーとしての顔をもち、スラムダンク奨学金(米バスケットボール留学支援)やマンガ家支援、パラスポ応援コンテンツの発信など、社会貢献に取り組んでいる。
一方、上場企業である東映アニメーションには、より重い社会的責任が求められる。同社は、コンプライアンス10指針の一つに「地域社会との協調・連携」「自然環境の保全」へのコミットメントを掲げている。
だからこそ、作品の影響が地域の暮らしにおよんでいる現場で、両社がどう関与するのか、次の一手が問われているのではないか。
■集英社と東映アニメの反応 漫画にも踏切の一コマ
よい旅ニュース通信は、集英社と東映アニメーションに対し、鎌倉高校前駅周辺で深刻化するオーバーツーリズムの問題をどう捉え、すでに支援をしているのか、今後支援する考えがあるのかを問い合わせた。
集英社広報部(スラムダンク担当者)からは電話で、「鎌倉高校前踏切は漫画作品中には登場しない。該当するのはアニメの方に連絡を」と回答があり、この件には関わらないという意思を感じた。一方、東映アニメーションには書面で質問を送付したが、期日までに回答は得られなかった。
その後、ネット上で「漫画にも鎌倉高校前踏切の描写がある」との指摘があり、漫画喫茶で調べたところ、ジャンプ・コミックス第6巻87ページに同じ踏切とみられるカットを確認できた。漫画表現のため印象は強くないが、アニメのオープニングに選ばれた可能性は高い。
もし集英社がJCでの描写を把握しつつ、作品の舞台としては公式に認めていないのだとすれば、「アニメの方に連絡を」とする対応は、同様に公式認定していない他社(東映アニメーション)へ責任を転嫁しているようにもみえる。
■個人と企業 責任の優先順位
『スラムダンク』の関連企業が作品ファンの外国人観光客が要因であるオーバーツーリズム問題に沈黙する中で、鎌倉市のクラウドファンディングが伸び悩んでいるのは、単に市民が冷たいからではないだろう。
「この問題は、作品や鎌倉ファン、ましてや地元住民に頼らず、作品を広めた企業こそが向き合うべきではないか」。
たとえ企業が鎌倉高校前踏切を作品の舞台と明言していなくても、世界に作品を広めた立場として、課題解決に取り組むのは、個人よりも優先順位が高いはずだ。
オーバーツーリズムの時代に問われているのは、誰がもうけ、誰が負担しているかという構造の問題解決でもある。そのバランスを正すことこそ、企業に不可欠な「コンプライアンス」や「サステナビリティ」に通じるだろう。
■オーバーツーリズム解決モデル
集英社と東映アニメ―ションが『スラムダンク』で得た数千億規模の利益と比べれば、鎌倉市のクラウドファンディングの目標額350万円は、微々たるものだ。
もし両社が支援の意思を示せば、その姿勢は社会から高く評価され、結果的に企業価値向上にもつながるだろう。局所型オーバーツーリズムの解決策としては、自治体だけではなく、コンテンツホルダー自らが行動した方が、より効果的なモデルケースになり得る。
企業広報や経営層であれば理解できる理屈だと考えられるが、鎌倉高校前駅周辺の問題について両社が沈黙を続けるのは、なぜなのか。
原作者・井上雄彦氏が代表を務める「アイティープランニング」にも質問申し入れを検討したが、ちっぽけな観光ニュースサイトには、やや荷が重い。
ここは、クラウドファンディングの低迷を報じた産経新聞や、鎌倉のオーバーツーリズムを度々扱う日本経済新聞など大手メディアに任せたい。
これまでの報道を振り返ると、「スラムダンクの聖地」で生じている問題は紹介しているものの、作品権利者の見解に踏み込んだ取材は、なぜか見当たらない。そこに解決の糸口がないと判断しているのか、さもなければと、想像は尽きない。
市のクラウドファンディングは報道後に寄付額が増え、10月15日現在45万8,000円前後(達成率13%)となっている。市は、批判を受け止めつつ、全国のオーバーツーリズム解決モデルを目指して、寄付の呼びかけを続けていく。
| 関連記事:2025/10/10 観光立国のジレンマ―オーバーツーリズムとインバウンド経済の不釣り合い |