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万博リーダーが機運醸成の腰を折る-求められるPRマインド

4月に入り、吉村洋文大阪府知事のテレビ番組「モーニングショー」の玉川徹氏に対する「万博出禁」発言が話題を呼んでいます。この発言は、主催者側のリーダーの振舞いが万博の支持を損ない、反対世論を増幅させる可能性を示しています。大阪万博の現況と展望について、40億円が投じられた機運醸成およびPRの重要性を考察します。

吉村府知事「万博出禁」発言を釈明

大阪万博の開催関係者

はじめに、この記事やこれまでと今後の大阪万博について理解はかどらせるために、万博開催の主要な関係者を整理します。万博は現在、経済産業省・博覧会推進室の下で国家プロジェクトとして進行し、2025年日本国際博覧会協会(万博協会)が主催者となり開催されます。万博協会には、経済産業省や大阪府市、さらに民間企業からの出向者が勤めています。そして、大阪府市・万博推進局は、開催都市の自治体として主に開催支持を集める機運醸成を担当しています。

 

なお、万博協会の役員は、吉村洋文大阪府知事と横山英幸大阪市長が副会長を務め、戸倉雅和経団連会長(住友化学会長)が会長を務めています。そのほか、新浪剛史経済同友会代表(サントリー社長)も副会長を務めています。

大阪万博開催の流れ

万博誘致の提案は、2014年8月に大阪維新の会(当時の松井一郎大阪府議、その後に大阪府市長)から出され、同党はその誘致活動に参加し、2018年11月、パリでの博覧会国際事務局(BIE)の総会で2025年大阪万博の開催が決定されました。その後、大阪維新の会は2023年4月の統一地方選挙において万博成功を選挙公約に掲げていましたが、8月の党役員会で日本維新の会の馬場代表は、「万博は、国のイベントなので、大阪の責任ではなく、国をあげてやっている」と述べました。この頃からネットでは万博開催に反対する声がさらに広まりました。

大阪維新イベントで「万博出禁」発言

今回の吉村府知事によるモーニングショー玉川氏への「万博出禁」発言は、2024年3月30日に大阪府茨木市で開催された大阪維新の会が主催する集会で、知事と横山市長とのクロストークの際に口にされました。その際、吉村府知事は玉川氏への不満を浮かべ、隣の横山市長は、それを失言と認識している表情で笑みを浮かべているようにも見えます。

 

大阪万博の開催が決まって以来、長年にわたり、万博は主催者と反対世論は対立してきました。これまでの賛成反対の対立構造は、「双方に意見があるから仕方がない」と済まさるものではありません。なぜなら万博開催に向けた主催側の機運醸成活動には、40億円以上の公共予算がつぎ込まれているため、機運醸成活動の失敗は許されません。

大阪万博予算
大阪・関西万博に関連する国の費用について(Ver.2)2024年2月7日(内閣府及び経産省)

機運醸成と万博出禁発言の問題点

大阪万博の機運醸成活動は、万博の意義と魅力を広く伝え、社会的な支持を得て、来場を促すことを目指すものです。この重要なミッションを背景に考えると、反対意見に対して対立をあおるような「万博出禁」といった発言をする主催側のリーダーは、その責任を全うしていないと言えます。

 

機運醸成を目指すならば、攻撃的姿勢を取るのではなく、どんなに反対されようが、反対意見を持つ人々も納得するまで、丁寧に対話を積み重ねる姿勢が求められます。これが主催者側のリーダーの責任であり、公金が機運醸成活動に投じられている以上、万博開催に向けて広く社会からの支持を得て、訪問意向を持つ人々が大多数になるような合意形成を必ず達成することが必須です。

万博リーダー吉村府知事の責務

大阪維新会の党で現代表を務める吉村洋文氏は、大阪万博開催都市の府知事として、また万博協会の副理事として、万博に深く関与しています。つまり、吉村氏は、万博開催に関連する3つの団体の立場で重い責任を負っています。これは、万博が国の事業になったからといって変わるものではありません。

 

賛成反対問わず社会は吉村府知事を、万博開催における主催者リーダーの中でも最重要人物と見なしていることでしょう。このプロセスの中で、吉村府知事に求められていることは反対世論から賛成する人を増やすことであり、重要なのは反対する人々をどうやって説得するかしかありません。

機運醸成とスタッフの尽力の腰を折るリーダー

今、万博推進局や万博協会で働くスタッフは、万博成功のために日々尽力しています。しかし、万博に対する社会全体の評価は必ずしも高くありません。大手メディアやSNSで反対世論に接すれば複雑な気持ちになるでしょう。

 

この状況の一因として、主催者側のリーダーである、吉村府知事と戸倉経団連会長の発言が反対世論をさらに強め、これにより、現場で働くスタッフの日々の努力が損なわれている可能性があります。

万博出禁の弁明と経産省の答弁

吉村府知事は、「万博出禁」という発言をした翌週の囲み会見で、「自分に出禁の権限がないという前提。一生懸命取り組んでいるにもかかわらず、メディアからの批判が多いと現場(の声)で聞く。公平な報道を求める主張だった」とし、「政治的発言は自由」と説明しました。この時、彼が「現場」という言葉を持ち出して説明したのは、主催者リーダーへの批判への認識が欠如しているのかもしれません。

 

なお、4月3日の国会で、立憲民主党の議員が経産省審議官に対して、「万博協会の理事が特定の人やメディアの出入りを禁止する権限を持っているか」と質問しました。審議官は「議事の提案を行うことは可能」と答え、出禁にすることは理論上可能であることが明らかになりました。

万博関係団体スタッフのコメント

吉村府知事の「万博出禁」発言について万博推進局のスタッフに聞いたところ、「この間、多くのお叱りの連絡があった。しかし、彼の政治の立場(大阪維新の集会)での発言であり、推進局としてコメントはできない」と答えます。一方で、4月17日に夢洲で開催される開幕1年前イベントについて宣伝されました。ちなみに、「参加希望者は専用サイトから応募」してほしいとのことです。

 

次に万博協会のスタッフは、「日々改善を重ねながら業務に取り組んでいる。彼の発言に関する個人的な意見は控えたい」と述べ、両団体のスタッフとも広報の役割を果たす回答が返されました。

 

実質的な万博主催者である経産省博覧会推進室の責任者は、「国としては、万博に関する各種意見を謙虚に受け止め、改善が必要な点は改善してゆきたいと考えており、その方針は大臣とも共有している。今後は万博の内容を理解していただけるよう丁寧な情報提供を心がけたい」と説明し、(吉村発言について)「政治家の立場なので、気にとめていない」と述べました。

 

最後に、大阪維新の広報に聞くと、「党が万博運営に直接関与しているわけではないが(吉村発言は)クレームが生じる“よち”はあった」とコメントしました。「よち」は余地とも予知とも捉えられますが、いずれも好ましくはない発言であったことは党として認識しているような回答でした。

万博の機運醸成と広告宣伝の効果

これまでの大阪万博の機運醸成の取り組みは、キャラクター使用、ポスター掲示、ネットや屋外広告、イベント開催。さらに、吉村府知事がテレビ番組やイベントに出演し、持論が展開されてきました。しかしながら、このように情報を一方的に発信する広告宣伝活動は、情報を広められても、反対世論を説得し、賛成の側に引き入れる機会を逸していると指摘ができます。

 

2023年12月下旬に大手シンクタンク「三菱総合研究所」が発表した万博に関する意識調査では、”全国的には認知度が上昇しているものの、関心と来場意向は低下している”ことが明らかにされています。

 

社会には積極的なアプローチを好む人もいれば、丁寧なアプローチを好む人もいます。そのため、相手の好みや境界を理解し、適切なバランスを見つけることが大切です。この取り組みの難易度は非常に高いものですが、投じられている予算を考慮すると、成功を収めることが絶対条件であることが万博リーダーたちに課せられています。

求められるPRマインド

現在、大阪万博の機運醸成のために必要なのは特に万博リーダー層の「PRマインド」です。PRは一方的な広告宣伝とは異なり、相手に配慮した繊細なコミュニケーションマインドを持つことです。なお、広告宣伝は予算額に応じて認知度を拡大さるのに対し、PRは多額の予算は必要ありませんが、広く支持を拡大することが可能です。しかし、その真意を正しく理解し、適切に実行されていればのことです…

<PR(Public Relations)とは?>

PRは、1945年頃にアメリカから日本に導入されました。最近プロパガンダなどで悪用される例も見られますが、その本来の意味は、以下の通りです。PRの解釈は専門家によりさまざまですが、結果は、相手の好意を引きつけることができたかどうかによって決まります。

 

「個人または組織体が、その関係する公衆の理解と協力を得るために、自己の目指す方向と誠意を、あらゆるコミュニケーション手段を通じて伝え、説得し、あわせて自己修正をもはかっていく継続的な対話関係である。自己の目指す方向は、公衆の利益に合致していなければならず、また現実にそれを実行する活動をともなわなければならない」(加固三郎「PR戦略入門」1969年ダイヤモンド社)

万博開催まであと1年

今回の「出禁発言」の問題を契機に、万博の主催者リーダーは反対世論に対して攻撃を強めるのではなく、反対世論に寄り添うために、PRの基礎を学び、その重要性を深く理解し、実践する必要があります。

 

現状のままでは、彼らの存在が万博賛成者の声や関係機関スタッフの努力を損ね、最終的に万博開催に持ち込めても、合意形成なしでは真の万博成功を達成することはできません。万博の結果次第で、その後に狙うカジノ建設においては更に逆風にさらされるでしょう。

 

吉村府知事の「万博出禁」発言後、元大阪維新の会の橋下徹氏は「今回はマズイ」、松井一郎氏は「もっと広い心を持つべき」と苦言を呈しました。この2人の苦言に反応して、吉村府知事は発言を撤回し、玉川氏に謝罪する可能性があります。しかし、これはPRとは言えません。

 

真のPRとは、戦略や戦術といった計算に基づくものではなく、深い信念が身体に染み付き、自己と一体になることから生まれる効果です。騒ぎを収めるために前言撤回をしても、社会はその本音を見透かし、その後の行動に対してより厳しい目を向けるでしょう。

 

実際、多くのPR活動の名目上の成功に留まり、真の意味での成果を上げられていません。これは、PRが欺こうとするものではなく、心と身体の深い所から発するマインドセットが求められるからです。

 

この記事を配信する前日、2024年4月7日に、共同通信は大阪万博に参加・出展する企業への調査結果を発表しました。その結果、機運醸成に課題があるとの回答が82%であることが明らかになりました。

後書き

東京五輪の際は、コロナ禍の健康リスクが開催是非をめぐる議論の中心でしたが、今はそのような状況ではありません。能登半島地震の復興リソースを巡っては「万博中止」の声が挙がったが、吉村府知事は「復興と万博は選択の問題ではなく、共に進められる」と明言しています。

 

なお、大阪万博開催がカジノ建設ありきという問題は、現時点で「万博出禁」発言と共に報じられてはいません。さらに、大型イベント開催につきまとう汚職疑惑は、もしそれが起きるとしたらイベント開催後の整理段階での話でしょう。

 

大阪万博と当時の東京五輪を客観的に物理的側面から比較すると、万博開催のハードルの方が低いようです。ただし、現状のリーダーシップを見ると、反対世論を賛成に変えることは非常に難しいと考えられます。

 

大阪万博開催まであと1年。主催側のリーダーたちがPRマインドに気づき、現場で働くスタッフや反対世論の意見を真摯に受け止めることができれば、残された時間の中で道が開けるかもしれません。まず、「万博出禁」という発言について謝罪しなければ、前に進むことはできません。政治的な立場からの発言としても、40億円もの機運醸成費とのバランスが取れません。

 

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