よい旅ニュース通信  ~日本のすみずみを旅先に。~

menu
  • Instagram
  • Twitter
  • Facebook

富士山登山鉄道構想の是非をめぐり-山梨県知事が反対派の牙城、富士吉田市の住民説明会に登壇

山梨県富士吉田市のふじさんホールで2023年11月下旬、富士山のオーバーツーリズム(観光公害)を解消するための県が提案している「富士登山鉄道構想」に関する住民説明会が開催された。(写真: 2023年8月 早朝の富士山頂/山梨県提供)

富士山のオーバーツーリズム

説明会は、構想の発起人である山梨県の長崎幸太郎知事が直接、住民や関係者に対して説明を行うもので、県内では山中湖村に次いで2回目の開催となる。富士吉田市は堀内市長をはじめ反対派の牙城として知られている。議会も今年9月に登山鉄道構想の反対を可決したばかり。説明会の会場には、反対派筆頭の堀内市長が来場することでも注目された。

 

構想が実際に進むか否かは、現時点では分からない。事業化が正式に決まっても、実際に鉄道が走り始める時期の見当はつかない。それどころか、鉄道とは異なる事業が展開される可能性すらある。そんな段階なのだが、山梨県内では行政はもちろん、企業・団体、住民、地元メディアまでも巻き込んだホットな話題になっている。県外の観光メディア視点で見ても、この状況はユニークで興味深い。

富士山登山鉄道構想とは

山梨県が2021年2月に発表した構想で、世界文化遺産の富士山の価値の保存と適切な利用を推進するため、富士山河口湖町から富士吉田口5合目へ至る富士山有料道路(富士スバルライン)上にLRT(次世代型路面電車)の敷設を検討するというもので。2023年度には、県に知事政策局直轄の「富士山登山鉄道構想推進グループ」という部署が設置され、本格的に事業化の検討が始まった。なお、長崎知事は、今年1月の知事選挙で再選し、現在2期目を務めている。

富士山登山鉄道
富士山登山鉄道のイメージ(山梨県提供)

富士北麓、6自治体の賛否と住民

富士北麓エリアの6自治体における富士山登山鉄道構想への賛否は、富士河口湖町、鳴沢村、西桂町、忍野村、山中湖村が「賛成」を表明しているが、富士吉田市のみが「反対」の立場を取っている。しかし、これらの意見は各自治体の主に首長によるものであり、地域の住民全体の意思を反映したものとは言えない。選挙で選ばれた首長であろうと、行政と地域住民との間の意見は異なることがあるし、構想に関して知っている情報にも格差がある。そのため、今回、知事が各市町村を訪れ、直接住民に対して構想についての説明を行うことは意義がある。

富士北麓地域
富士北麓地域6自治体の中心地

説明不足の効果?会場は超満員

説明会が始まる直前に会場に入ると、参加者席はぎっしりと埋まっていて、立ち見の参加者も見られた。会場の収容人数は800名の大型ホールで、住民の関心の高さがうかがえる。参加者はざっと見通したところ、高齢者が多い。これまで地元新聞社などが報じてきた論調では、「県から住民への説明が不十分である」ことを指摘されていたが、当日の会場の熱気からは、これまでの説明不足がかえって、住民の関心を高めたと思えるほどだ。結果として、かなり注目される話題となった。

ふじさんホール

長崎知事登壇

長崎知事は、冒頭で富士山が今年世界文化遺産登録10周年を迎え、世界の注目を集めていると説明した。しかし、その注目は肯定的なものではなく、オーバーツーリズムや弾丸登山の問題を指摘したCNNやロイターなど海外メディアの報道を紹介しながら説明した。今年夏には知事が日本外国特派員協会(FCCJ)での記者会見を行うなど国内外で富士山の危機に関する情報が発信された。

富士山オーバーツーリズムを報道するCNN

その後、長崎知事が2013年の富士山の世界遺産登録時にユネスコ傘下の諮問機関イコモスから預かったという3つの課題を宿題として紹介した。具体的には、「人が多いため、来訪者のコントロールすること」、「人口的な景観が目立つため、信仰の場にふさわしい景観にすること」、「環境負荷として自動車やバスの排ガスを抑制すること」の3つを挙げ、これらの課題を急いで解決しないと、富士山が世界遺産として保たれる保証がないと訴えた。そして、山梨県には、世界の宝物である富士山を守る責任と義務があると強調した。

世界遺産の定義

ユネスコが定める世界遺産条約によれば、「文化遺産および自然遺産を人類全体のための世界の遺産として損傷、破壊等の脅威から保護し、保存することが重要」とされ、このような価値が認められる地域や文化が世界遺産に登録される。2023年10月現在、日本では文化遺産20件、自然遺産5件の計25件が登録されている。
文化庁世界遺産: https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/sekai_isan/

 

編集部が文化庁に問い合わせ、「世界遺産登録時にユネスコに登録料を支払うのか」と質問をすると、そのような支払いは行われていないと回答があった。ただし、日本はユネスコに対し、加盟国として外務省から毎年約30億円の分担金が支払われていた。ユネスコの科学技術活動全般に使用されている。

 

富士山はどんな世界遺産登録か

富士山は、「信仰の対象と芸術の源泉」として、歴史文化的な価値が認められ、「世界文化遺産」として登録されている。多くの人が富士山は日本一高い山や絶景など観光名所として捉えているが、世界遺産登録では、地域での信仰と芸術に焦点を当てた歴史文化価値が評価されている。このような背景について、日本人は理解しておくべきだろう。
文化庁 文化遺産オンライン: https://bunka.nii.ac.jp/

 

長崎知事の説明によれば、富士山五合目の訪問者数はイコモスが参考にした、世界遺産登録以前の2012年度の231万人に比べて急増しており、2019年度には506万人に達したことがグラフで説明された。そして、今年、コロナ禍を経て、富士山のオーバーツーリズムの問題が浮き彫りになった。

 

ふと気付くことは、世界遺産登録からすでに10年が経過しても、イコモスから出された3つの宿題の1つも解消されていないということだ。富士山登山鉄道構想の話とズレるが、これらの責任の所在は、これまで議論になってはいない。

 

世界遺産登録当時、山梨県の体制や国(文化庁)に加えて、イコモスの見通しが甘かったのではないかという疑問も浮かぶ。また、日本側は、単年事業、知事交代もあり10年が経過すれば責任の所在は曖昧を通り越して、なくなる。そして、今、富士山は「オーバーツーリズムが問題だ」と騒ぎになっている。

 

長崎知事は、何も手を打っていなかったわけではないと話す。山梨県ではマイカー規制や営業時間の短縮などの対策を講じたが、それ以上にバスの運行量が増えたことで、富士山への訪問者数は増加し続けているというのだ。

 

しかし、来訪者数の増加は富士山周辺でビジネスを行う関係者にとっては好都合だとも言える。記者はさまざまな観光地で、「人が来過ぎると困る」と話す一方で、利益第一の観光事業者を普通に見てきた。ある観光名所で、「今日は日本人ばかりだから駄目」と言った土産物屋店主の言葉が記憶に残る。行政が訪問者を減らすための対策を打てば、その影響を受けるため抵抗する事業者もいることだろう。

富士山登山鉄道構想の説明へ

長崎知事は、「世界、日本、山梨県の宝になった富士山を後世に引き継いでゆかなければならないという思いは、会場にいる人と共通していると思う。いかがでしょう」と問いかけると会場から大きな拍手が起きた。そして、「同じ価値観を共有している仲間であることを前提に話をさせていただきたい」と言い、富士山登山鉄道構想はあくまで県からのひとつの案であるとして、プレゼンテーションに進んだ。

富士山登山鉄道構想の概要
配付資料(山梨県提供)

まず、鉄道は現状自動車道路である富士スバルラインに路面電車の軌道を埋め込み、地面からワイヤレス給電で走行させることで自然破壊をともなう開発は行わないことが示された。一方で、堀内市長は工事によって自然破壊が進むと指摘している。

 

続けて、五合目の人工的景観の解決策として、山肌を削って作った駐車場を埋め戻し、自然回帰を目指し、自然と調和した空間や、現在営業中の土産物屋やレストラン、宿泊施設が入る建物を作りたいとしてイメージ図が提示された。その図はよく見るトーンで、建築家の隈研吾氏によるものだった。

 

私感になるが、10年前であれば同氏の参画は、反対派をも納得させる人物であったかもしれないが、令和時代はどうなのか。仕事柄さまざまな地域で同氏の名前を聞くことがあるため、個人的にまたかと思ってしまう。反対派からどう映るだろう。

長崎知事富士山登山鉄道プレゼンテーション

また、富士山五合目への交通手段として、LRT(路面電車)と電気バス、ロープウエー、ケーブルカー、モノレール、鉄道を比較した表が提示され、上質感やバリアフリー、安全・安心運行、シンボル性、物資・廃棄物の運行などについて評価された。図表は2025年、富士五湖観光連盟が作成していたものだと言う。また、LRTと電気バスの人数輸送を比較して、バスは台数が多くなり、発着数が頻出し、立ち乗り客が出るとして、LRTに優位性があると説明した。なお、富士五湖観光連盟は当時の状況から鉄道に優位性があると山梨県と富士吉田市に提言したが、その後、考えを取り下げた。

 

さらに自動車のタイヤ摩擦によるマイクロプラスチックごみの問題解消や、LRTのエネルギー効率、道路交通法から軌道法が適用され、平時に自動車が走行できないことをメリットとして挙げた。

 

反対派から特に問題と指摘されている事業予算1400億について、知事は山梨県だけでなく政府補助金や民間企業からの出資を想定している。県の出資は配当で回収さるで、安心してほしいと話した。また、富士スバルラインは県有地のため鉄道会社の賃料収入が見込めるとも説明した。さらに、赤字を垂れ流すだけの事業では、今の山梨県ではもたないと話す。「山梨県では…」という言葉は、逆に真実味がある。後ほど調べると地方公共団体の財政力指数(総務省)で山梨県は、47都道府県中、毎年30位あたりで全国平均を下回る。構想は県の財政力を踏まえた上での発言ともとれる。

長崎知事の富士登山鉄道プレゼンテーション

 

ひと通り構想の説明が行われ、「オーバーツーリズムに対応し、イコモスからの課題を解決するだけでなく、将来に向けての大きな価値を付加する、それが登山鉄道であり、世界レベルの観光地を作りあげてゆきたい」と取りまとめた。

 

追加して、新たにLRTの2次交通の可能性を示唆し、富士急行線「河口湖駅」や「富士山駅」とつないで、河口湖や山中湖に周遊することも可能だと話す。
続けて、LRTが入れない場所には、小型の自動運転EVバスが活用できるというアイデアを出した。ちなみに、自動運転EVバスは、今まさに富士吉田市が実証実験を推進しているところだ。

 

そして、これらの話もあくまでアイデアで、今後、意見をぶつけ合いたいとして、「登山構想ありき」ではないことを強調した。なお、長崎知事は、この記事で説明する以上に、みんなでアイデアを出し合い、解決策を導き出したいという言葉を何度も繰り返していた。

 

長崎知事から構想の説明がされた後、参加者との質疑応答が行われた。以下、主なQ(質問者)A(長崎知事)のやりとりだ。

運賃1万円と聞くが、家族で乗れる価格なのか?

県民は無料でもよいと思っている。一方、1万円支払ってでも行きたいと思える場所を作りたい。

富士吉田の市民で実際に鉄道について詳しく知っている人が少なく、情緒的に反対者が多い。今回の知事の説明をもとに議論が始まられるのはよいことだ。

この説明会は始まりの始まり。登山鉄道構想はひとつのアイデア。指摘を踏まえ、考え方を進化させていきたい。

富士山には他にも登山口がある。静岡県側との連携も必要では?
今議論を始めている。静岡県内での議論も行われている。
世界文化遺産登録が抹消されると、どのような影響があるのか?

どんな弊害がおよぶかは想像がつきがたい。ただ、富士山がもう宝ではないと言われた時、日本人がどう思うか。どんな影響が及ぶのかを研究して整理したい。

富士山噴火時の避難方法はどうなるのか?(現行と照らし合わせ)

5合目には緊急避難車両を停車させる(緊急時は走行)。LRTが動けば輸送力は車より上。鉄道の問題に限らず、安全確保はいろいろなケースを想定し対策を考える。

LRTは20km以上で連続勾配走行はできるのか?
技術的な問題について、今、専門家と検討しているところ。

着工期間と工事期間中の休業補償は?(5合目・スバルライン・周辺宿泊業者)

10年はかからない。休業補償を行うことは当然だと思う。

(続けて)平地の宇都宮のLRTは5年かかった。坂道の富士山は時間がかかるのでは?

時間がかかるのは用地買収、スバルラインは県有地のため一気に工事が進められる。

今日の説明会は有意義だ。話し合わなければならない問題も出た。今後も話し合い、回数を重ねてコンセンサスを得ながら、構想を進めてほしい。

説明会は議論の進捗があったところでまたやりたい。緊張して冒頭に伝えられなかったが、今日、会場を手配してくださった富士吉田市関係者に感謝を伝えたい。

富士スバルラインをマイカー規制して、シャトルバスのみにすればよいのでは?

来年に向けては5合目から上はオーバーツーリズム是正の条例を検討している。麓から5合目はマイカー規制をしても(実証済み)、バスは多くなり効果を得られない。

イコモスから指摘される人数制限はクリアできるのか?

通年観光になると平常化できて目標数が見えて、イコモスと議論できる。

毎年、雪崩もある中、通年運行ができるのか?

雪崩が起きる箇所は想定できていて、洞門を作る。

(富士五湖観光連盟所属)資料の使われ方に疑念がある。7項目が示されているが当時18項目(※)あった。ピックアップする項目により評価が変わる。新しい研究をすべきでは。

ぜひ一緒になって研究していただけないでしょうか。

※後日、項目数について富士五湖観光連盟に確認すると元の資料には25項目あり、説明会で言い間違えたと言う「富士山の環境と観光のあり方検討会報告書」。また、当時の提言を取り下げた理由は、その後、EVバスの実用化、雪崩の問題があり、項目の検討背景が変わったとも言う。

 

質疑応答では、一部の質問者が感情的な思いを話していたが、おおむね質問者と長崎知事のやりとりは成立していた。長崎知事と構想に反対している質問者に向けられた拍手は五分五分か、意外と知事への拍手が大きかったように思う。席によるかもしれないが、地元メディアが堀内市長と長崎県知事の対立構造を盛んに報じていたため、そのムードで会場全体が包まれているのかと思っていたが、そこまでではないと感じた。

 

今の時点では、反対する人が賛成することやその逆も意見が変わることはないように思える。中立だった人がどちらかを判断できるかもしれない。富士山を守るという同じ価値観を共有しながら、結局、住民は個人の価値観で、自身の気にかなうかどうかで決める。その上で、賛成と反対に分かれる利害関係者の票取り活動が絡んでくるだろう。

住民参加の議論の効果

さまざまな地域の情報に触れる県外メディアの立場からすると、山梨県の構想とそれに反対する富士吉田市の対立により、議論を行うフォーマットが提供され、住民参加の共同作業をしているようにも見えてくる。結果がどうなるのか分からないが、それよりも、衰退する日本の地方で、住民が積極的に参加して、構想をテーマに活発な議論を行う光景は、結果的に住民を元気にさせ、地域活性にもなりそうだ。
しばらくの間、決着がつかず、住民参加はもちろん、さらに住民主体で議論が続けられることが、地域社会にとってよいではないかという感想を持った。

堀内市長の指摘と感謝

説明会が終わり会場を出ると地元メディアが堀内市長の囲み取材を行っていた。今日は市長の参加が目玉であったが、会場では知事と市民のやりとりが盛んだったから、すっかり忘れていた。市長は、記者から知事の説明に対する受け止めを聞かれると、「これまで聞いたことと同じ」と話した。問題点を聞かれると、「災害対策がほとんど提示されていないこと、古いデータではなく新しい根拠が必要ということ、建設資金に対する根拠が不明確」だと意見を述べた。

 

質問が終わり、記者が取材を終わらせようとすると、市長の方から付け加えたいとして、「今日、知事が時間を取って議論をしていただいたことは、本当に感謝している」「これからも吉田に来て議論をしたいと言ってくださったことにも感謝している」と話した。その振る舞いは紳士的であった。

富士吉田市が広報誌で反対意見を掲載

住民説明会後、富士吉田市は広報ふじよしだPremiumを発行した。この広報誌では、堀内市長へのインタビュー形式で、富士山登山鉄道に対する考えが述べられている。具体的には、環境や自然に対する電気バスの優位性や、ふもとから登る富士山登山の提案など。富士山登山鉄道構想への反対意見と山梨県の戦略性も批判している。また、地元新聞社の登山者アンケートの結果が引用され、約1/3の人が構想について分からないと答えたことについて、地元および全国への周知と協議が必要だと説明されている。なお、広報誌は住民説明会前に制作された可能性があるが、引き続き、富士吉田市が県に対して求めていることに変わりはない。

 

なお、広報誌で唯一確認できた富士吉田市と山梨県の共通点は、見出しにあった「富士山を守り、富士山を未来に引き継ぐために」という言葉だった。

 

今後の動向として、山梨県は12月中に、残りの富士北麓地域の自治体での住民説明会を行う。一方、富士吉田市は9月から11月末にかけて行った富士山登山鉄道構想の是非を問うネットアンケートの集計結果を発表する可能性があり、注目される。

 富士吉田市アンケート_ あなたはどっち_ 富士登山鉄道の建設に賛成__反対__ あなたのお考えを聞かせてください!

最も大事であることは…

年内の動きによっては、長崎知事と堀内市長ほか関係者が新年の初詣に祈願する内容が変わるかもしれない。しかし、そんなことよりも重要なことは、多くの住民や、日本はもちろん世界の富士山ファンが、2024年の初日の出を迎える際、富士山登山鉄道構想の問題を少しでも考えること。これこそが、長崎知事と堀内市長が共有している、「富士山を未来に引き継ぐための力」ということだろう(編集部)。

富士山ご来光

 

関連記事