新シリーズ「よい旅⇌地元から通信」が始まります。初回は今年、馴染み深かった岐阜県飛騨市。市職員 石原さんの寄稿が届きました。
こじんまりしてかわいらしい街の一方、ディープな酒処で、酒蔵や祭り、飲みの風習もあるとか。一読いただき飛騨へお出掛け下さい。編集部の憧れは真冬ですが、雪解けを待つと4月に盛大な祭りがあります。(写真:白壁土蔵街と瀬戸川「雪のお正月」)
市の面積の7割を占める広葉樹の森から育まれた清らかな水。その清らかな水で仕込まれた飛騨市の日本酒は、ぜひ味わっていただきたい逸品。
現地を訪れ、よりディープに飛騨市の日本酒を楽しんでいただくため、飛騨ならではのお酒にまつわるご当地ルールや飛騨古川の地酒を存分に味わい尽くすおすすめのコースをご紹介します。
日本の真ん中に位置する岐阜県。飛騨市はその最北端にあります。
北アルプスに囲まれた山深い飛騨市の面積の約93%は森林で覆われ、その70%以上がブナやミズナラといった広葉樹で占められています。
長く厳しい冬を迎える準備として、広葉樹は秋になると一斉に落葉します。落ち葉は微生物によって分解され、腐葉土となり、その養分たっぷりの清らかな水は、雨とともに川から海へ注がれています。下の写真は安峰山から古川盆地を見下ろす展望。ここから山々を眺めると、「飛騨」の由来ともされている、山の谷が衣のヒダにも見えてきます。山頂までは歩いて1時間ほど。私のお気に入りのハイキングコースの一つです。
一日に約20ℓもの水を飲んで育つ飛騨牛、アユ釣り界のレジェンドも認める清流宮川の鮎、日本一を受賞した飛騨米など、清らかな水は私たちの豊かな食文化の源となっています。冬を間近に控えるこの季節、「日本酒」はぜひ味わっていただきたい逸品です。
飛騨市には、老舗の酒蔵が3つあります。創業・宝永元年、300年以上の歴史を持つ蒲酒造場、世界酒蔵ランキングで1位を獲得した渡辺酒造店、甘口でしっかりとした「飛騨娘」と辛口でキリッとした「神代」が二大看板の大坪酒造店があります。
「どっちにする?」と聞かれたら。
ここで、飛騨市でお酒をたしなむときに覚えておきたい、お酒にまつわる独特な習慣をいくつかご紹介します。
飛騨古川の居酒屋で、日本酒を注文して、「どっちにする?」と聞かたら、それは飛騨古川にある2つの酒蔵のそれぞれの代表銘柄「白真弓(蒲酒造場)」、「蓬莱(渡辺酒造店)」のこと。道を挟んで横並びにある2軒の酒蔵ですが、味は全く異なるので、昼間にそれぞれの酒蔵を訪問して、好みを定めておいてもいいかもしれません。ちなみに飛騨人は、夏でも熱燗を好んで飲みます。中でもとびきり熱い燗を、地元では「真宗寺燗」と呼びます。これは、真宗寺という荒城川沿いにあるお寺の数代前の住職が素手で持てないほど熱々のお酒が好きだったことに由来します。
「真宗寺燗で!」と頼めたら、一気にローカルの仲間入りです!
居酒屋の隣の席から大合唱が聞こえてきたら、それは飛騨地方の宴席で歌われる「めでた」という祝い唄です。飛騨古川では「若松様」、飛騨神岡では「みなと」と呼ばれます。
飛騨古川で歌われる若松様の後には、「ぜんぜのこまんまのこ」とう明るい民謡が続きます。先導役に続いてみんなで歌います。歌詞は100番まであるとかないとか。
めでたが出たら無礼講。席を立ってお酒を注ぎに行くことができます。
飛騨での宴席の際、めでたが出る前に、良かれと思ってお酒を注ぎに立ち上がるとマナー違反になりますので、ご注意を。
1万本のお酒が奉納される・古川祭
日本酒とお祭りは切っても切れない関係。飛騨市では、毎年4月19日、20日に「古川祭」というお祭りが行われます。古川祭は、ユネスコ無形文化遺産にも登録されている気多若宮神社の例祭で、静の「屋台行事」と動の「起し太鼓」が特徴です。
「祭りのために1年を過ごす!」という方もいるほど、人々にとって、大切なお祭りです。
古川祭においても、日本酒は大切な役割を果たします。飛騨地方では、祝いごとや冠婚葬祭といった節目にお酒を贈る献酒という風習があり、古川祭の両日だけで、約1万本ものお酒が奉納されるともいわれています。
年によっては雪がちらつくこともあるほど、まだまだ寒さが厳しい4月、日本酒は、裸男たちの身体を温め一体感を高めます。
早春4月の古川祭
写真は2022年の古川祭の様子。3年ぶりに開催された古川祭。やっぱり、祭りはまちの人達の誇りだと、じーんとくる思いになりました。
古川祭に合わせて飛騨市に行くのは難しいけれど、祭りの雰囲気を味わいたいという方は、「飛騨古川まつり会館」にぜひお立ち寄りください。
約20分の古川祭の4K映像は必見。臨場感あふれる映像は、何十回と見ている私も、毎回感動して涙が出そうになります。
実際に祭りで使われる屋台が常時3台展示され、細部に渡る伝統工芸の飾りや彫り物などを、間近にご覧いただけます。
祭り男気分で、曲芸「とんぼ」に挑戦し、記念撮影できるコーナーや自分の名前で献酒ができるコーナーもありますよ。
飛騨の地酒を味わうモデルコース
ここまで記事を読んでいただいて、飛騨市の日本酒が飲みたくなってきた呑んべいなあなたへ、飛騨古川の地酒を存分に味わい尽くすおすすめのコースをご紹介します。
まずは、特急ひだで飛騨古川駅へ。2022年7月からJR東海で初となるハイブリット方式を利用した新型車両がデビューしているので、タイミングが合えば新型車両に出会えるかもしれません。飛騨古川のまちはコンパクトにまとまっているので、飛騨古川駅を拠点に歩いて回ることができます。
まずは、飛騨古川駅から徒歩5分、まつり広場にある「福全寺蕎麦」へ。まずは腹ごしらえにお蕎麦を食べましょう。最初はつゆをつけずに蕎麦のみで蕎麦本来の味を味わい、次に塩とわさびをつけて蕎麦の甘みを味わう。その後つゆにくぐらせて喉越しを楽しみ、最後は粋に酒を蕎麦にふりかけ食すのが、福全寺蕎麦流。天ぷらをつまみに地酒をたしなむのもいいですね。
次は、いよいよ酒蔵へ。まずは「渡辺酒造店」へ。井戸から汲み上げる伏流水と、飛騨を代表とする酒米「ひだほまれ」を中心に酒造りをされており、ユニークなネーミング、ラベルやパッケージで全国的にも広く知られています。試飲もできるので、お気に入りの1本を探してみてください。
次は、渡辺酒造店の向かいにある酒屋「後藤酒店」へ。ここには、飛騨古川の地酒が全て揃っており、飛騨高山や下呂温泉も含め、飛騨地方の選りすぐりのお酒も販売しています。たくさんあり過ぎてどれを買っていいか迷ったら、お酒のスペシャリストのスタッフさんに聞いてみてください。好みに合わせてお勧めのお酒を紹介してくれます。
飛騨のお酒の気分に浸ったら、飛騨市でしかできない特別な体験を。自然豊かな飛騨市は、約250種の薬草が自生するまさに天然の薬箱。市では、薬草を地域資源として生かすまちづくりに10年近く取り組んでいます。その飛騨の薬草の魅力を見て、知って、体験できるのが、「ひだ森のめぐみ」です。
数種類のワークショップが用意されていますが、今回は水戸黄門も愛用したと言われる葛の花の丸薬づくりに挑戦してみましょう。葛は、紫色の綺麗な花を咲かせ、グレープのような甘いいい香りがします。夏になると、1年分の葛の花を採って、ひだ森のめぐみで粉末にしてもらい、それを常備しているという地元民も。
そしてもう一つの造り酒屋、「蒲酒造場」へ。300年以上も続く歴史のある酒蔵。キリッとしたお味の日本酒「白真弓」を作っており、酒銘「白真弓」は、「ひだ」にかかる枕詞に由来しています。コロナ禍の休校により行き場をなくした乳製品を活用しようと地元の牛乳屋「牧成舎」とコラボしたヨーグルト酒は、ついつい飲み過ぎてしまう、飛騨生まれのご当地リキュールです。
ここで少し歩いて、飛騨古川の風に感じながらリフレッシュしましょう。
2つの酒蔵の建物の裏側にあるのは、飛騨古川の象徴的な風景「瀬戸川と白壁土蔵」。瀬戸川には、春から秋にかけて1,000匹もの色とりどりの鯉が泳ぎます。冬の静かなモノクロの世界もお勧めですよ。
居酒屋の前に軽く一杯。2022年4月に誕生した、飛騨市初のクラフトビール製造所「ヒダノオクブルワリー」では、併設するタップルームで常時6種類のクラフトビールを味わえます。いろんなタイプのビールを試してみたい方は、お好みの4種類が選べる飲み比べセットで、味の違いを楽しんでみてください。お店は不定休なので来店前にSNSでチェックしてください。あとお店は町家の並びに溶け込んでいて、うっかりすると見過ごすかもしれないのでご注意を。
最後は、飛騨古川駅周辺の居酒屋で地酒を思う存分、堪能してください!飛騨の地酒に合う一押しの郷土料理は、漬物ステーキ(通称 漬けステ)。漬物を鉄板で焼いて卵でとじて食べる料理です。お店によって味が異なるので、食べ比べしてみてください。ちなみに、ステーキ皿に漬物をごま油で炒め、ちょっと贅沢にツナ缶も入れて卵でとじるのが我が家流です。
飛騨古川駅周辺には、居酒屋やスナックが軒を連ねています。夜、お店を覗くと、運が良ければ、飛騨人達の若松様の大合唱にも遭遇できるかも。ぜひ、清らかな水が生み出す飛騨の地酒を味わう旅に出かけてみてください!
文章:石原怜奈(飛騨市役所まちづくり観光課) |