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【現地レポ】富士山山開き後の初週末-新たな登山規制と五合目の喧騒

 2024年7月1日、富士山五合目の吉田口登山道では新たな登山規制が導入された。登山道の入山料2,000円の徴収、1日4,000人の登山者数制限、16時から早朝3時の入山禁止など、オーバーツーリズムや弾丸登山の解消を目指す取り組みである。新制度の影響はどのようなものか。今シーズンの山開き後、初めての週末に現地を訪れた。

富士山

新たな登山規制導入、その目的と現状

 7月1日の山開きには多数のマスコミがその模様を報じた。悪天候のため富士山の麓から五合目までの富士スバルラインが通行止めになり、入り口でマスコミと登山者の車が立ち往生していた様子、早朝3時のゲートオープン、入山時の受付、16時にゲートが閉鎖される様子が伝えられた。新制度導入による登山者との目立ったトラブルはなく、概ね順調に運営されたと報じられていた。それらの報道は各局のYouTubeチャンネルで視聴ができる。

 

 数カ月前から登山規制導入については度々報道され、SNSでも賛成の声が多い。この反応の背景には、増加する訪日外国人をはじめとする登山者のマナー違反や弾丸登山の問題がある。入山料2,000円に対しては「もっと高くすべき」との意見も目立つ。これは、他国の山の入山料がさらに高額であることや、日本の歴史的な円安と物価高騰に対する国民感情も影響しているだろう。

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登山規制施行後の最初の週末

 7月1日の富士山の山開きは月曜日だったが、新制度の効果を確認するに、初めての週末が良いと考え、7日(日)に富士山を訪れた。富士山五合目へのアクセス方法はいくつかあるが、今回はバスタ新宿から五合目へ直行する高速バスを利用した。便利なことに、朝6時台から10時台にかけて計7本運行されており、所要時間は約2時間30分で片道3500円だ。朝7時55分発の便に乗車したが、乗客の約8割が訪日外国人旅行者で車内は満席だった。

富士スバルライン五合目に到着

 高速バスは定刻10時30分頃に五合目に到着した。富士スバルラインを走行中は車の通行量から人の多さを感じなかったが、標高2,300mの五合目に到着すると、観光客で賑わう別世界が広がっていた。五合目レストハウス前の広場を歩いた後、入山受付の様子を見学し、実際に入山して六合目まで行く予定だ。

富士山五合目の広場
登山者と観光客が集まる五合目の広場
富士山五合目
バスツアーの訪日外国人旅行者が目立つ
富士山五合目の土産物店
訪日外国人旅行者で混雑する土産物屋
富士山五合目に並ぶ大型バスの列
五合目入口の手前に並ぶ大型バス

 五合目は訪日外国人旅行者が大半を占め、10名から20名の団体や数名のグループ旅行が目立った。その中に少数の日本人グループが混じっていた。主観ではあるが、日本人に見える外国人もいれば、その逆もあるように感じる。五合目では訪日外国人旅行者の多さから感覚が狂うのか、欧米や東南アジア以外の東アジア系の人の識別が難しくなることがある。

週末の混乱を予想したが…

 五合目の広場周辺を歩いた後、入山受付に向かった。広場から歩いて1~2分の場所にある受付は、イベント会場や人気温泉施設の受付と変わらず、以前から存在していたかのような自然な雰囲気だった。大手メディアの取材であれば肩透かしだろう。

富士山五合目の入山受付
窓口は、当日受付(電子マネー)、当日受付(現金)、事前通行予約の3カ所に分かれている

 以前は登山者と観光客が自由に行き来していた受付前だが、ほぼ登山者のみが訪れていた。広場からすぐの場所に位置しているものの、観光客は入山規制を知っているためか、受付エリアには僅かしか訪れない。新制度開始後初めての週末、混乱した現場の状況を予想していたが、スタッフに聞くと「対応に慣れてきたことと、登山者の入山料への理解が進んでいる」とのことだった。しかし、8月になるとさらに登山者が増えると予測されている。

五合目から六合目へ、登山ビギナーが富士山を体感する

 五合目の広場と受付を確認した後、登山道の状況を見るため六合目を目指した。五合目に来たことがあったが、その先に進んだことはなかった。レストハウスで六合目までの道のりについて聞くと、片道約1時間で平坦なコースと説明されたが、実際に歩いてみると、特に登山ビギナーはその言葉を鵜呑みにしてはいけないと感じた。富士山は日本一の高さを誇る山であり、登山開始時点で標高2,300m以上にいることを忘れてはならない。


吉田口登山道ゲート
富士山五合目緑道
ゲートから約5分続く緑道
富士山五合目から六合目
いっきに開けて火山砂利で足元が取られる
六合目手前はなだらかな坂道が続く
六合目手前からは坂道が続く
六合目入口
約1時間で六合目に到着
富士山六合目
六合目から見る険しい登山道(2400m以上)

 今回、六合目を往復しただけであったが、富士山登山を初めて体験し、登山者としての意識が多少芽生えた。次に六合目以上を目指すには、登山ウェアをグレードアップし、トレッキングシューズではなく登山靴を履き、ストックも用意したいと考えた。六合目の先の山道を見ると、今の装備ではこれ以上進むべきではないと強く感じた。

六合目の軽装訪日外国人旅行者
体力に自信があろうともこの軽装で雨風に遭ったら六合目でも危険(訪日外国人旅行者)

 吉田口登山道のゲートに戻った際、スタッフから「お疲れ様でした」と声をかけられた。登山中にすれ違ったのはほとんど外国人で、目が合うと笑顔を交わすが、日本の他の山のようにすれ違うたびに「こんにちは」と挨拶を交わすことはなかった。それも富士山と他の山の違いを感じるひとつの要素だろう。疲れた身体とゴールに対して、この「お疲れ様でした」は心地よく感じられた。ゲート設置にはこうしたささやかな効果もあった。

再び五合目の広場へ、感じた違和感

 五合目の広場に戻ると、違和感を覚えた。朝五合目に到着した時と同じく、多くの観光客で混雑している。その中でも目立つのは、登山者ではない訪日外国人観光客だ。五合目まで登山者気分で戻ってきた際に、この混雑や騒がしさが目に入った。大自然の富士山の姿と五合目の喧騒とのギャップに、違和感を覚えた。

富士山六合目の喧騒
旅行会社による五合目ツアーが目立つ
富士山五合目の喧騒
標高2,300mの五合目交差点

 溢れる訪日外国人旅行者が吸い込まれていく建物は、お土産物やレストランを併設しているレストハウスだ。五合目の広場には昭和の面影が残るレストハウスが数軒並び、向かいのエリアでは乗馬体験を提供している。それぞれ長い歴史を共有しているようだが、全体の調和に欠ける。これらの事業者は古くからこの場所で商売を続けている利権ビジネスと感じられる。

富士山五合目の土産物店
富士山五合目の土産物店の店内の混雑

乗馬体験、うつむく馬の表情がどこか切ない

 背後から「馬が通ります〜」と聞こえた。五合目で60年以上前から富士吉田市乗馬組合という団体が乗馬体験を提供している。名前に富士吉田市とあるので市の指定管理業者と思いきや、市とは関係のない事業者だ。彼らは観光客を馬に乗せて七合目近くまで連れて行く。写真撮影は500円、周辺散歩は3,000円。六合目までは1万5,000円、さらに先の獅子岩下まで行くと2万円だ。

 

 訪日外国人旅行者向けのビジネスとして、利益を最大限に追求することは理解できる。しかし、六合目までの登山経験を振り返ると、個人的には馬に乗って同じ行程を往復することの意味を見いだせそうにない。また、馬の表情がどこか切なかった。世界遺産に認定されている富士山には、このような観光の側面も存在する。

富士山が抱える矛盾-信仰と登山、観光の狭間の違和感

 2010年、ユネスコは富士山を「信仰の対象と芸術の源泉」として世界文化遺産に指定した。山梨県のホームページでは、以下の通り富士山の価値について説明している。

標高3,776m、日本一の高さを誇る富士山は、その壮大さと、頻繁に繰り返された荒々しい噴火によって、古来より人々の畏敬を集め、信仰の対象となってきました。またその円錐形をした美しい姿は、多くの芸術家にインスピレーションを与え、数多くの芸術の源泉となっています。人と自然が信仰と芸術を通して共生する姿が富士山の大きな特徴であり、これらが世界遺産としての顕著な普遍的価値と認められたのです。

 

 世界遺産は富士山を軸に、周辺の歴史的な山道や神社、遺跡、湖など、計25の構成資産から成り立ち、それぞれの資産が富士山の威厳を支えている。一方で、訪日外国人観光客の騒がしさや古い既得権益により、信仰の対象としての富士山の威厳が削がれていないか。

富士山五合目からの景色
五合目からの素晴らしい景色

失念していた談合坂渋滞

 レストランで、前の客が残したテーブルの汚れを自分で拭き取り、食事をしながら帰りのバスの時間を待った。16時発のバスに乗車し、定刻では18時30分に新宿に到着する予定だった。帰りのバスも8割が訪日外国人旅行者で、席は満員。河口湖ICからしばらく進むと渋滞が始まる。久しぶりの中央高速で、日曜日夕方の談合坂渋滞をすっかり忘れていた。新宿と五合目を結ぶ高速バスを検証する意味で利用したが、渋滞を認識していれば、帰りは電車を選んでいたかもしれない。結局、バスは予定より約1時間10分遅れて新宿に到着した。

新宿と富士山の風景の重なり、新たなコンセプトの必要性

 バスタ新宿を後にして新宿駅に向かう交差点を渡る際、その光景が六合目から五合目の広場に戻った時の記憶と重なった。新宿の街並みと富士山の風景が、ふとした瞬間に重なり合った。今夏、富士山五合目の吉田口登山道には、オーバーツーリズムや弾丸登山の対策として新しい登山規制が設けられた。対策の実際の効果はまだ分からないが、ある程度の効果は期待できそうだ。しかし、五合目の光景にはまだ課題が残る。素晴らしい登山体験の後、観光客による喧騒と独特なビジネスが混在する五合目には違和感を覚えた。

 

 五合目の景観や独特な観光ビジネスは、世界遺産としての「富士山」の理想とは異なるように感じる。真に世界に誇れる富士山にするためには、登山道のオーバーツーリズム対策とともに、世界遺産にふさわしい富士山五合目のコンセプトや景観保全について、関係自治体や関連事業者が考える必要があるだろう。新たな登山規制だけでは解決できない、富士山の問題点を垣間見た1日だった。

不思議な太陽(富士山六合目から)
六合目で頭上に広がったハロー現象、登山ガイドが「幸運」と言う。

編集後記

『富士スバルラインは、1964年の東京オリンピックに合わせて整備された道路だ。これにより、標高2,300mの富士山五合目まで容易にアクセスできるようになった。時代とともに登山者数が増加し、観光客も増えたのは当然の結果だ。しかし、富士スバルラインの開通は、高所の過酷な自然環境への意識を希薄化させてしまったのではないか。弾丸登山や軽装登山による事故、さらには五合目の喧騒ぶりを目の当たりにすると、人々が富士山の価値と危険性を過小評価しているように感じられる。』

 

関連サイト

富士登山公式サイト

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